こんにちは。
金沢支店管理課の北川です。
折り畳み傘にすべきか長傘にすべきか、日毎迷うこの頃、いかがお過ごしでしょうか。
日がな一日重く垂れ込めるだけで滴ひとつ降りてこなかった日には、はて日傘にすべきだったかと悔しい思いをしました。
昨日はじめてナフサショックへの対応で使用するインクを減らしたスナック菓子を見かけました。
ナフサに関しては建築業界にも同様の影響は出ており、首都圏の建設業系労働組合が仕事に障りがあるとして
行政に対応を求めたというニュースを耳にしています。
つい先日には埼玉土建一般労働組合に所属する業者さん達が国会前に400名以上も集まられたそうで、
その行動力と切実さにわたしも焦燥に駆られるばかりです。
国会前といえば、アメリカとイスラエルがイランへ突然の武力攻撃を行った頃から、デモへの一般市民参加が増えたそうですね。
毎月のように3万人もの(!)ほとんどがこれまでデモに参加するなんて考えたこともなかった人々が
国会議事堂の前にあつまって、反戦を訴えていると聞きます。
はじめてそのニュースを目にした時、可愛らしいポスターの数々や鮮やかに夜にかがやくライトの波を見て、
むかし教科書で学んだ国民の持つ主権というのはこうやって主張しても良いのだと、目を開かされるような感動を抱きました。
中には金沢大学を名乗る旗も見えましたよ。
選挙で投票する機会を待たずとも、代議士への伝手を探して訴えずとも、わたしたちは直接あつまって声をあげて良いのです。
彼彼女達はほとんどが一般市民です。一人一人の数だけ、参加するに至る理由がある。
それは掲げる理念や信条かも知れないし、仕事への危機感かも知れないし、物価高や未来への不安かも知れない。
反戦という言葉一つとっても思い描く中身はそれぞれ違うかも知れない。
でもきっとそれで良いのです。それが個人というものです。
一人のすぐれた徳者がいるよりも、ひとりひとりが平凡であっても多数の民衆が集まる方が大きな徳をもつのですから。
国会前での大規模なデモと同じ日に、地元の金沢駅前でも100名を超える人々が集まっているのを見かけました。
戦火による傷病者の手当てをするために医療職になったのではないという声が印象的でした。
戦火と聞くと大袈裟に聞こえるでしょうが、アメリカのイランへの攻撃で、報復としてイランから攻撃を受けたのは
イラン周辺の国々にある米軍基地とその周辺住民という事実を踏まえれば、他所ごとではないと考えてもまったくおかしくありません。
金沢駅前のデモには外国からの観光客の方々も混ざっていました。
旅行の最中であっても、言葉が通じずとも、目の前に不安を訴える人々がいたら連帯しようと考え行動する、
その善い思考に学びたいと思いました。