皆さん、こんにちは。
今回は、普段の暮らしにおける普遍的なテーマについて記します。
話は変わりますが、私は世の中にあふれるさまざまな商品に対して、
ふと違和感を覚えることがあります。
例えば、「○○掃除は減らせる!」といったキャッチフレーズや、
家電売り場に並ぶお掃除ロボットなどがその代表です。
私は普段からこまめに家を掃除する習慣があるため、
掃除の回数を減らしたいと考えることはありませんし、
ロボットの助力を得たりする必要性も全く感じません。
むしろ、そうした便利さに頼ることに対してどこか不信感を持っています。
また、掃除をこまめに行うことは単に部屋をきれいにするだけでなく、
心に清涼感や落ち着きをもたらしてくれます。
そして、これと似た違和感を覚えるのが、住宅に対して使われる言葉です。
外壁やさまざまな部材において、「メンテナンスフリー」という言葉が
謳われるのをよく目にします。
私が所有する自宅は、今年で築29年目を迎える、
いわば「高齢化」が進んだ住まいです。
この29年を振り返ってみると、さまざまな手入れを行ってきました。
内外装や設備のメンテナンス工事だけでも、
すでに20回以上実施しています。
まさに「メンテナンスフリー」という言葉とは真逆の暮らしです。
また、物理的な経年劣化に対する工事だけでなく、
住まいの内外に目を配り、普段から整えながら暮らしてきました。
私にとってメンテナンスとは決して面倒なものではなく、
住まいに新鮮さを取り戻すことができる楽しみの機会なのです。
こうして29年が経過した我が家を眺めると、
傷みや劣化をまったく感じることはありません。
むしろ、日々愛着が増していくのを実感します。
また、これからも大切にしていこうという想いが湧いてきます。
反面、同じ住宅団地を見渡してみると同じように手入れを続け、
良い住環境を維持できているお宅はごく少数に留まります。
多くのお宅は築年数以上に傷みが進み、
敷地も含めてどこか荒れた印象を受けてしまいます。
この現実を見ると、「メンテナンスフリー」という言葉に甘えた暮らしの結末は
決して思わしいものではないと感じざるを得ません。
「丁寧に暮らす」ということは、単にものを長持ちさせるだけに留まりません。
それは、人生をいつまでも溌剌と生きることにも繋がるのではないでしょうか。
私たちアルスホームのコーポレートメッセージは、「上質な日常を愉しむ」です。
その本質は、何事も端折らず、毎日を丁寧に暮らすという、
住まい手の心の姿勢にこそあるのだと思います。