皆さんこんにちは。

 

今回は、AI技術の進展が我々に突きつけている
本質的な課題について考えてみます。

 

今、AIは急速に、そしてごく自然に生活へと浸透しています。

 

議事録の作成はもとよりアイデアの壁打ちや画像生成など、
多岐にわたる活用が進んでいます。

 

確かに使ってみると利便性は高く、
特に情報の集約やキュレーションという点では、
すでに人間の能力を凌駕している領域もあります。

 

その反面、AIのアウトプットに対して、
どこか冷ややかな視線で受け止めている自分もいます。

 

所詮は情報の蓄積を再構成したものであり、生身の人間が持つ
個性や情熱といった背景が欠如していることにどこか空虚さを感じるのです。

 

ある著名な投資家は、AIを評してこう言いました。

 

「あんなものは、言葉の計算機に過ぎない」と。

 

しかし、そうは言っても、社会基盤として不可欠になりつつあるAI技術。

 

この悩ましい課題に対し、我々がAIを活用しながら
どのような力を養っていくべきなのか。

 

その指針となる考察記事を見つけました。

 

5月7日付、北日本新聞の社説「AI時代の教育」です。
ぜひご一読ください。

 


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人間が果たすべき役割を改めて定義し、
主体性を見失わないよう律していかなければなりません。

 

ともすれば、人間が担うべきアイデンティティの部分に
これまで以上に高い価値が置かれる時代になるのかもしれません。

 

決してAI技術に依存しきって思考を停止させ、
「AIの奴隷」と化すような事態は避けたいものです。

 

AI技術がもたらす副作用に留意しつつ、
賢明に活用していきましょう。