設計士のこだわり

過去の記事:

雪景色

 

こんにちは。設計部の界です。

あいかわらずと冬景色が続いておりますが、合間に差し込む日差しが春の到来を予感させます。

この景色もあとわずかかと想えば、多少の哀愁も覚えるのでしょうか。

 

ご承知の通り、今冬の記録的な大雪はさまざまな爪痕を各地に残しております。

除雪に際しては皆様の職場、ご自宅におかれましても格段のご苦労があったことかと存じます。

私も普段身の回りにある除雪機能(道路の消雪装置はもちろん、平年は低速走行に疑問があった

高速道路の除雪車両…)の力強さに、改めて公共インフラの大切さを覚えました。

 

但し、そうした公共インフラ能力の限界に不満を覚える方もおられたと思います。

私の妻は行政機関に努めており、今回の災害級の積雪に際しては、積雪のトラブルなどの市井の声を

お聞きする立場にありました。当然、今回の災害級の降雪には除雪作業が追いつかず、

仕事上の納期や生活の不具合の苦情に連日、夜遅くまで対応しておりました。

ただ、中には行政の除雪作業が行き届かないことに対して、怒鳴り散らされたり、

電話を投げつけながらも狂ったように苦情を言い続ける方がいらっしゃったりなど、

連日連夜の様々な苦情に行政が夜中まで手を取られているという構図は、冬景色以上に陰湿に映ります。

 

反面、雪にハマって動けなくなった車をみんなで押したり、沿道の雪を近所のみんなで除雪する風景は

なにか温かい心持ちになります。

 

 

今回の災害級の降雪は私達の普段の暮らしに、様々な気づきを与えてくれました。

『雪対策』というハード面では様々な課題が浮かんできますが、個人的に住宅の『考え方』という

ソフトに対しても一つ課題が浮かんできております。

 

みんなで除雪する、といったような『コミュニティへの帰属』のような意識が、家づくりやご提案すべき

ライフスタイルからこぼれ落ちてはいないだろうか?です。

昔から住宅のテーマの一つに『都市に開く/閉じる』といった二元論があります。

複雑化した現代の暮らしにはそのままフィットはしませんが、現代に生きる為の

『住宅』の仕方にこそ関係があるのではないかと思いはじめております。

コミュニティの大きさはそれぞれ違うでしょうし、『帰属』という言葉も、現代風に言うと

『シェア』や『仲間』という言葉にとって変わられるかもしれません。

プライベートの反面を担う『客間』や『和室』がそれに該当するか?と言われると、ちがう気もします…。

 

例えば、家への来訪者と玄関でしか応対しない申し訳無さは、『客間』でしか解決出来ないのでしょうか?

オフィス以外のワークスタイルはコワーキングスペースに行く以外無いのでしょうか?

はっきりとした輪郭は見えませんが、『外』とプライベートをつなぐ『住宅』という装置に、

ささやかな仕掛けだったとしても社会の一部であることを感じられる中間意識のような、

『公共性』が何らかのカタチで不足しているのでは?と思いはじめております。

 

(社員が撮影した本社からの雪景色)

 

明日からの家づくりに直結はしませんが、写真のように美しい雪景色の日には、

このような深く降り積もるような想いを巡らせてみるのも悪くありません。