皆さんこんにちは。
さて、今回は住まいの本質的な機能について考えてみます。
このことを考えるようになったのは我が家の子供たちが青年期に入り、
子育て期が終わりつつあることに起因します。
今から25年前結婚と同時に住まいを構えました。
そんな我が家という住まいの中心的機能は、
日常的な衣食住という基本的な機能を受け持ちながら子育ての場であったように思います。
ほんの数年前までは、家族が毎日顔を合わせてその日あったことを始め、
様々なコミュニケーションの重要な拠点でもありました。
しかし、子供が高校生から大学生になる頃になると帰宅時間も遅くなり、
顔を合わせる時間がどんどん減っていき、住まいが果たすコミュニケーションの場としての機能は
急速に減少しつつあります。
加えて、LINEが普及してからというもの、
基本的な情報は場所や時間を選ばず家族で共有できているので、
その日に何があったのかを共有する場所としての機能も低下しつつあります。
したがって、彼らが大人になり社会に出た後、どこでどういう形態の住居に住むか全く分かりませんが、
一緒に住まずとも最低限の情報共有には困ることは無いと思われます。
そうなると、住まいが受け持つ残りの役割としては、
年老いた夫婦が余生を暮らすための基本的生活機能ということになります。
自分自身を考えてみました。
両親は今も健在で夫婦二人で暮らしています。
そこには我々二人の子供は住んでいません。
しかし、私にとってはいつでも帰って良い場所であり
私を誰よりも理解してくれる父母がいる場所なので、
二人暮らしだからと言って引き払って賃貸住宅にでも住むことになれば、
自分の居所のなさを強く感じます。
そう感じるのは家族と共に暮らした住まいは単に生活する機能に加えて、
いつまでも変わらぬ心の拠り所という機能があるからではないでしょうか?
誤解を恐れず申しますと、毎日を過ごす上での基本的生活機能や子育ての場所としての機能は、
質を問わなければ賃貸住宅でも構わないのです。
そう捉え直すと、住まいが果たす本質的な機能は、
まず基本的な生活機能や子育ての時間をより豊かに充実させるという点にあります。
加えて家族であることを常に意識できる心の拠り所としての役割が住まいにあるのではないでしょうか。
住まいとは何か?今後も考え続けたいテーマです。