皆さんこんにちは。
今回は、あえて様々な意見が分かれるであろう、
テーマについて記したいと思います。
先日、ある会合で次のような興味深い話を耳にしました。
ある方の息子さんが、地方にある上場企業の支店で働かれているそうです。
小規模な支店のため、首都圏にいる同期の方々と違い、
営業職でありながら幅広い業務を兼務しているとのこと。
それを見た首都圏の同期の方々からは、「タダでこき使われている」、
「そんなのただの奉仕だ」とよく言われるそうです。
しかし、当の息子さんは自身の仕事にやりがいを感じているため、
そうした周囲の声に強い戸惑いを感じているというお話でした。
昨今のビジネスシーンの話題に、「静かなる退職」という言葉があります。
これは、受け取る報酬の分だけ割り切って働き、
それ以上の貢献や労力は一切かけないという考え方です。
ある調査では、働く人の約半数がこうした意識を持っているとも言われており、
今の時代において、決して否定されるものではありません。
ただ、経営者である私個人の意見を言えば、
少し「もったいない」と感じてしまいます。
なぜなら、労働の対価として給与をもらい、それ以外は不要とする考え方は、
自分の立ち位置を「指示された範囲だけをこなす労働者」
つまりは「使用人」として限定してしまうことに他ならないからです。
その考え方からすれば、報酬に見合わない、一見余分な仕事は、
当然ながら、価値のない「奉仕」に見えてしまいます。
振り返れば、私の若い頃は先の息子さんと同じように、
求められれば何でも引き受けるスタンスで仕事をしてきました。
また、会社からの期待に対しては、最低ラインでも、
「2倍以上の成果で応える」ことを信条としていました。
それは、自分の仕事を単なる「お金のための労働」と捉えず、
会社や自分自身の未来に対する「投資」だと考えていたからです。
どんどんチャレンジして、力をつけ、ポジションを上げて、
将来、大きく回収すれば良いのではないかと。
今になって思えば、一見、割に合わないような仕事も、
すべて自分の血肉となり、職能に結びついたと実感します。
そして何より、損得勘定を越えて、仕事のやりがいや楽しさ、
圧倒的な成長実感を手にすることができました。
そのお陰で、私は今でも仕事が心から好きで、
楽しく向き合うことができています。
どちらの働き方、どちらの生き方が正しいということはありません。
「奉仕か、投資か?」
同じ時間を働くのであれば、どちらの視点を持つかによって、
数年後、数十年後に得られるものは大きく異なります。
多くの人にとって、日々の仕事が少しでも楽しく、
実り多いものになることを願っています。