記憶に残る人生

最終更新日:2022.07.25

こんにちは 金沢支店工事課の吉澤です。

梅雨明けしたと思ったら、また梅雨に逆戻りしたような天気でジメジメして嫌ですね。

先日母方のお墓参りに行ってきました。通常お盆というと8月を連想されると思いますが、
旧新湊地区(現射水市)では7/1315にお盆としてのお参りが通例となっています。

しかし今回のお墓参りが最後になります。
なぜかと言いますと、お墓の老朽化が進み数年前に手直しをしてはいたのですが、
その家を継ぐ人もおらず、また母も亡くなり、
今後の墓守をどうするかを父・姉・叔母との相談の上、「墓じまい」をする事としたためです。
実際に墓じまいをするのは9月予定なので、今回が最後という事になりました。

「墓じまい」とはどんな事をするかご存じでしょうか?
簡単に言いますと、お墓を解体して更地にし、使用権を管理者に返す事です。
全国的に少子高齢化・核家族化・過疎化などで墓守ができない、
お墓参りも形式的なものになりつつあり、孫に無理をさせたくないと
墓じまいをされる事も増えているそうです。
墓じまいの後の選択肢はいろいろあるようですが、そのお寺での永代供養の形をとる事としました。

祖父母は早くして亡くなったため、祖父母の記憶があるのは、
私の他には父・姉・叔母・従兄弟くらいです。
祖父母は共にお寺のお世話をよくしていた人だったので、
遊びに行った時に、よくお寺へ連れて行ってくれたり、涅槃団子をもらいに行ったりしました。
従兄弟と一緒に近くの銭湯に行ったこと、駄菓子屋さんに行ったこと等、小さい頃の記憶を思いつつ、
妻と息子に祖父母はこんな人達だったんだよと話しながら、お参りをした次第です。

お盆の時期は親戚が集まり、故人を偲び、こんな人だったねという話をする機会ですね。
そうする事でいつまでも記憶に残り、子供やその後の家族にも伝わっていくものだと思います。

自分が亡くなったときに周りの人からどう思われ、どう記憶に残りたいのか?

ある本には、誰かが弔辞を読んでくれるとしたら、どんな事を言ってもらいたいのか?を考え、
そのように生きるべきだとありました。

「めっちゃ金持ちで高級外車を沢山持っていたね」
「いつも周りに迷惑ばっかりかけていたよね」

ちょっと例はあんまりな気がしますが・・・()
こんな風に記憶に残るよりも

「いつも人の事を思って行動してたよね」
「あの人がいて本当に良かったよね」

記憶に残るならこちらのほうが良くないでしょうか?
そうなるためにどうするかを考え、そのように行動していったほうが、
周りから必要とされ、楽しい人生を送れるのではないでしょうか?

自分自身実際にまだまだできていない事ばかりですが、
今回のお墓参りを通じ、将来自分が亡くなった時、
家族・友人・知人の記憶にそんな記憶で残る生き方をしなければいけないなと改めて思いました。

また、墓じまいを通して祖父母の事を少しでも妻・息子達にも伝え
記憶に留めてもらえたらと思っています。