モラトリアムの消失
- 社長メッセージ
最終更新日:2025.10.04
皆さんこんにちは。
今回はモラトリアムについて記します。
私がこの言葉を知ったのは、大学受験の小論文問題です。
当時は大学のレジャーランド化が社会問題となっていました。
そうした実情を踏まえ、大学というモラトリアムの
必要性の有無について論ぜよというものでした。
私は必要性ありの立場で、いくつかの理由を挙げて
小論文を作成したことを覚えています。
その後、私は大学生となり、書いた小論文通りの
学生生活を過ごすことになります。
時には友人と朝まで語り、時には旅に出て
たくさんの人や世界を知りました。
当時は今のようにAIはおろか、インターネットも無く、
得られる情報も限定的でした。
そのため、自分が経験したことの意味や本質は
自分で解釈し理解しなければなりませんでした。
今になって振り返れば、自分とは何かを
問い続けた4年間といっても過言ではありません。
それから40年弱が過ぎ、AIをはじめとして
情報取得に困ることは無い時代になりました。
それどころか、物事を深く考える時間的余裕も無く、
膨大な情報量に晒される日常があります。
そうした現状を見てふと心配になるのが、
自分に問い考えるという時間が大きく減少していることです。
正解や選択肢はAIに聞けば何でも答えてくれます。
既に一番の相談相手は、親や友人を抜いてAIだそうです。
かつての時代のモラトリアムが消失した現在。
今の時代を生きる子供がどのようにして
大人へと成長していくのか、心配しながら見ています。
もっとも、彼らに言わせれば昭和的だと笑われるのでしょうけど・・・