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気づかない想い

 

企画開発部の佐藤です。
かれこれ20年も前のお話です。 

「父さん、僕こんな家に住みたいなあ」 当時3歳の息子が言った、今でも忘れられない言葉です。
営業マンだった私は仕事休みの水曜日、彼を連れて完成間近の現場へ出かけました。
リビング階段と吹き抜けが一つになったその家のリビングから見上げる私に
彼は吹き抜け越しに手を振りながらそういったのです。
私が家を建てて5年位たっていたでしょうか。
残念なことに我が家には吹き抜けもリビング階段もなく彼は生まれたときからそんな家で育ちました。

「どういうこと?」 
「だってこの家、遊んでもいいよって言ってるよ」
ジャングルジムみたいだ、お遊戯室みたいだ、きらきらした目でそう言います。
商談を終えて毎晩遅く帰宅する私に息子も娘も声をそろえて言ったのは 
「父さん遊ぼっ!」 でした。

実は我が家の設計図は”リビング階段”なのです。現場もそれで進みます、内壁を貼るまでは・・・。
毎週現場に通う私に大工さんは「このリビング階段、寒くないかのお・・・」と脅すのです。
もちろん大工さんに悪気はありません。
予算の都合で床暖房はケチったし、プレウォール開発前の当時は高断熱仕様でもないし、
そういわれて自信が持てず気持ちが揺らぎはじめます。
今さら床暖房にはならないし、とはいえ憧れのリビング階段だし・・・・
散々悩んだ挙句、階段は玄関ホールへと追いやられました。
そして息子は、あぁ言ったのでした。
「しまった、やっぱりオレの家はリビング階段と吹き抜けが正解だったんだなぁ」
本当に残念だと思ったのはこの気持ちがわかってからでした。

 

しかし何でリビング階段なんだ?
私が家づくりを考えたきっかけは、訳あって離れていた両親を呼び戻し一緒に住むことと
子供部屋を確保することでした。
子供部屋を作る=親の義務=家づくりの目的、これは暗黙の方程式みたいなもので、
何のために家を作るか、どんな暮らしがしたいかなど疑うことも深く考える智恵も私達にはありません。
このとき問うべきだったのは、どんなふうに子供と過ごしたいかということであり、
両親には孫とどう接してやって欲しいかということであり、子供にはどんな人に育って欲しいか
そういうことだったのです。  今だからわかる・・・。

私は物心付いてから、仕事で忙しい親と接する時間が少なく、一緒に遊んだという記憶や
日頃からよく喋ったという記憶が余りありません。
食事が終われば子供部屋=勉強部屋に直行で、家族はそれぞれ何を思っているのか
よくわからないまま生きてきたという印象が強いです。
ドラマや映画、身近な友人宅で見かける仲よさそうに会話する親子の様子を見るたびに
羨ましさや強い憧れを感じ ”家族はああありたいものだ” と結婚と子供の誕生を機に
自分なりの理想を描いていたと思います。
子供たちには、人に想いを馳せられる人に育ってくれればいいなあ・・・
勉強ができるというよりは好奇心を忘れない面白いヤツの方がいいなあ・・・
親や祖父母が何かしていたら、「私も!」「僕も!」と気になるタイプだし・・・
いちいち言って聞かせてわかるタイプでもないし・・・、
そんな心持ちは家族の自然な触れあいの中で感じてくれたらいいのだが・・・
リビング階段や吹き抜けは、そんな想いを助けてくれる自分たちらしい装置と映っていたようです。

しかし当時そうした想いは無意識のうちに隠れていて、明確な言葉として表現する力は
私にも妻にもありませんでした。
もしあの時誰かがその想いに気づかせてくれていたら・・・
もし確信が持てていたら・・・、
予算アップはさほど困難な決断ではなかったのではないかと思います。

人は環境から影響を受けてしまう生き物です。
もちろん人が及ぼす影響は大なるものですが、住まいという環境は侮れない力を秘めています。
住まいは住み手の想いをカタチに転写したもの、良くも悪くも知らずのうちにその想いを
感じ取って生きていきます。

無意識のうちに沈んでしまっているかもしれないあなたの想いをしっかりカタチにする、
その「誰か」になりたいと考えているのがアルスホームです。
賢明なお客様には、ぜひ 今お分かりいただきたい。
広報業務に携わる今は、そのことを伝えることが仕事です。

(初代アルスモデルです)

「僕こんな家に住みたいなあ」 あれは私の声だったのです。